今治市は、昭和58(1883)年に学園都市構想を打ち出しましたが、その構想は十何年も眠ったままになっていました。この計画が動き出したのは、平成12(2000)年のことです。都市再開発の1地区に高等教育機関を誘致して学生の街にしようという計画がありました。当初、松山大学が経営学部を設置する動きがありましたが、学内の左翼グループの猛反対にあって、潰されてしまいました。どの大学もなかなか手を挙げてくれない状態が続きました。
 平成17(2005)年の正月、私は市内の友人宅で、小学校から高校まで同級生だった加計学園事務局長と久々に再会しました。私は「今治市で大学を誘致しているが、どこも来てくれない。お前のところの大学はどうだ?」と聞きました。しかし、「少子化の時代に地方に大学を進出させるのは難しい」と首を縦に振ってくれません。その後、何度もお願いを続けたところ、「人気があり、競争率の高い獣医学部だったら考えてもいい」と、ようやく応じてくれました。
 私は早速、加戸知事のところへ相談に赴きました。当時、加戸知事は県内の公務員獣医師の不足に頭を悩ませていました。鳥インフルエンザなどの家畜伝染病が相次ぎ、平成22(2010)年に口蹄疫が発生した時は、人数の少ない獣医師たちに不眠不休の対応を強いらねばなりませんでした。知事は「地域活性化と公務員獣医師確保ができ、一石二鳥」だと、この朗報に喜んでいただきました。
 愛媛県と今治市は、獣医学部新設の話を推進させるため、獣医学部新設に向けて協力しました。小泉内閣が進める構造改革特区に目をつけ、平成19(2007)年に獣医学部新設を申請しますが、あっさり却下。それでもあきらめず、愛媛県と今治市は毎年のように特区申請を続けました。
 平成21(2009)年に民主党政権になり、今まで構造改革特区の「対応不可」が、鳩山由紀夫政権の終わりの頃には「実施に向けて検討」となりました。しかし、この動きもペンディングとなり、政権は自民党に戻ってしまいます。
 獣医学科実現に向けて動き出したのは、平成25(2013)年12月のことでした。「岩盤規制をドリルで破る」というスローガンを打ち出した、安倍内閣の「国家戦略特区」でした。2年後の平成27年6月、愛媛県と今治市の16回目の申請で「国家戦略特区ワーキンググループ」が一気に動き始めます。翌年1月29日、今治市が国家戦略特区に決定し、この年の9月16日に「国家戦略特区ワーキンググループ」で、獣医学部の新設が事実上決定されました。その際、石破四条件と呼ばれる獣医学部新設への制限が加わりました。11月9日には「国家戦略特区諮問会議」で、「広域的に獣医学部がない地域に限り新設を認める」という条件のもとで、今治市への獣医学部の新設が決定。獣医学会が12月8日に「新設は1か所1校」とするよう求めます。これを受けて平成29(2017)年の1月8日に文科省と内閣府が加計学園1校に絞り込むことを決め、1月20日に加計学園が特区事業者に決まりました。
 ところが、5月17日に朝日新聞が「総理のご意向」などとして報道すると、岡山理科大学の獣医学部新設は「総理のお友達だから、優遇したに違いない」という憶測のみの記事が続き、テレビや週刊誌までも、そのことを後追いしました。自治体の大学誘致が、正当に行われたのにも関わらず……。

 新聞やテレビを中心とするマスコミは、森友学園や加計学園のいわゆる「モリカケ問題」について、連日の報道を続けていました。また、野党も国会の重要議案をほったらかして、この問題ばかりを問題にしましたが、結局、大きな問題は見つからず、貴重な時間を無駄に費やしただけでした。
 私は、岡山理科大学獣医学部の今治誘致に関して大きな責任を負っています。というのは、私が加計学園に誘致をお願いしたからです。平成17年の正月でした。私は市内の友人宅で、小学校から高校まで同級生だった加計学園事務局長と久々に再会。長い間、塩漬けになっていた新都市への誘致のために、事務局長に誘致を頼んだことがあるからです。そして、「少子化が進む今は大学進出は難しいが、獣医学部なら考えなくもない」という返事をもらいました。
 私は、即刻、当時の愛媛県知事であった加戸氏に報告しました。ここから、愛媛県と今治市がタッグを組み、構造改革特区での申請を働きかけたのです。この問題は長い間、棚ざらしになっていました。既得権益を得ていた団体が開学阻止に動き、少しも進展しなかったのです。ところが、第二次安倍内閣の国家戦略特区によって、ようやく医学部新設が現実のものとして動き始めます。
 獣医学部開学を目指してきた私たちにとって、これは大きな喜びでした。しかし、私たちの努力や経緯を知ろうともしないマスコミや野党は、岡山理科大学の理事長が安倍首相の友人だから、何らかの癒着があるはずだと騒ぎ出します。当事者の私たちは、長い間の苦労がようやく実現しようとする矢先の騒動に、いささか鼻じらんだ思いで、マスコミ報道を眺めていました。
 もし、そうした癒着があったとしたら、学園誘致はもう少し早く進んでおり、とっくに獣医学部大学は開学していたはずです。
 これらの経緯は今治市が情報公開しており、以下のホームページでご覧になることができます。

 マスコミは新都市の土地の無償譲渡についても騒ぎ出しました。約36億円の土地を無償で提供するのかというものです。もともと、ここに誘致しようとする教育機関などひとつもない土地でした。学校誘致ができるのであれば、今治市はいつでも提供したいと考えていた塩漬けの土地だったのです。
 土地は、敷地の広さで評価されますから、便宜上の価格がつきますが、この土地は転売できません。大学の所有でなければ認可がおりなかったため、そういうことにしたのです。岡山理科大学と今治市の間に交わされた契約書の中でも「基本協定書が解除された時は、所有移転はその効力を失う」、解除された時には「学園の費用負担にて建物を撤去し、原状に回復したうえで市へ引き渡す」と明記されています。
 今治市が平成29年に出した「大学獣医学部誘致による経済波及効果」の中には、税収効果と「大学の運営にかかる物件費の消費支出」「教職員の消費支出」「学生の消費支出」などの大学運営にかかる効果が記されています。税収は約3千万円と少ないのですが、教職員や学生たちの落とすお金は毎年約21.7億円にのぼると予測されています。この予測は、平成30年1月の大学設置事業専門委員が「定めたルールに基づき算定されており、またインプット部分についても最大限合理的な数値」だとお墨付きを与えています。

 新聞、テレビ、雑誌などの一部マスコミは、確たる証拠も何も示さず「情報操作」ともいえる報道を行って、あたかも悪いことが行われたかのような印象を国民に与え続けました。明確な証拠はないにもかかわらず、偏向ともいうべき報道を続けてきたのです。
 獣医学部新設は、岩盤規制に穴を開けるという目的のもと、独占的な状態を亡くするというものにも関わらず、マスコミは「安倍はお友達の加計を優遇したに違いない」という印象操作を続けました。このことからも、こうしたマスコミのフェイクニュースに惑わされることなく、「真実とは何か」「信頼できる情報とは何か」を、見極める必要があると思います。

 前川喜平前文科次官が「行政がゆがめられた」と証言したことに対して、加戸前知事は「非常に残念だ。私も現役官僚時代は『大臣の意向』だとか、はったりをかました。虎の威を借りないと役人は動かない」と述べています。そして「役人は大臣、政治に仕えるべきだ。(前川氏は)則(のり)をこえてしまったのか。岩盤規制を取っ払って定員規制を外すことは、行政をゆがめたことにはならない」と指摘しています。

 部分を切り取るだけでは、本当の姿は見えてきません。負担金のみを考えるのではなく、職員、学生、大学など、全体での経済波及効果を考えないと、真の効果は見えてきません。これは、今までの「モリカケ」に共通することで、「木を見て森を見ず」というのが、マスコミや野党の姿勢でした。
 岡山理科大学獣医学部は、平成30年4月に開学しました。秋には学園祭が行われ、多くの人たちで賑わいました。今、私たちがこうした問題で教訓にするべきなのは、報道やデマに惑わされず、地域発展の健全な方策を行なうことだと思います。
 私は、これからも地域発展のために、力の限り頑張ってまいります。

 平成29年7月10日、前愛媛県知事・加戸守行氏の参考人招致発言で、「今治市選出の県議会議員から加計学園の話があった」というご発言がありました。この県会議員とは私のことです。
 岡山理科大学獣医学部新設の経緯について加戸氏は『日本の魂(こころ)』という本に、『加計問題の「無実」全て語る』という文を掲載されています。この文章は、当事者であった加戸前知事が、いかに獣医学部大学の誘致に尽力したかが描かれており、具体例を挙げて、当時の経緯が記されています。
 よろしければ、ぜひご覧ください。

 第372回愛媛県議会定例会一般質問(令和2年12月)
 第347回愛媛県議会定例会一般質問(平成28年6月)
 第321回愛媛県議会定例会一般質問(平成23年3月)
 第316回愛媛県議会定例会一般質問(平成22年2月)
 第307回愛媛県議会定例会一般質問(平成20年6月)

本宮勇事務所 〒794-1527
愛媛県今治市長沢甲1045番地6
TEL 0898-47-1396 FAX 0898-47-1693